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なにかのはじまり
20世紀はまさにパワーとスピードの時代でした。日進月歩、早くて便利、行ったこともない国の情報さえも掌握し……だれかがどこかでいたずらに、遠隔操作で指示を出せば、世界は一変するまでに……もしかして、人間は神様にでもなるつもりでしょうか?
 
でも、いっぽうでは、発展という旅の果てになにが待ち受けるのか、不安にかられるような出来ごとも次々と起こりました。そのたびに、もっとこまやかにものごとを見てゆかなければいけないと気づかされます。なぜならこの世の万物は、とても微妙なバランスのうえに成り立っているものだから。私たちは、これまでとは違うスケールで、ものごとを捉えなければ、おそらく人間だけが仲間はずれにされることでしょう。
 
ディテールとバランスの時代。そんなふうに考えはじめると、自分をとり巻く世界もまた、違って見えてくるようです。世紀の変わり目には、多くの人に転機が訪れたと思いますが、私には不思議の国の人たちとの出会いと、かつて味わったことのない体験が、波のように寄せてきました。
 
一番めにやってきたひとは、風のような印象でした。風さんは、あたかも宝物でもかかえるように慎重に、古びた灰色の布を私に差し出しました。ハンドタオルほどの軽さなのに、両手で広げても広げても幾重にも層をなし、やっと最後の折りを広げてみて、それは霞のように薄く透ける長尺の布だとわかりました。光を受けて白い模様が浮きたち、それは同時に影を床に落とす。布が風にゆれ、光と影のパターンも、さざ波のようにゆれる。これはいったい、なんなのでしょうか?
 
「紀元前から今につづく織物です」あまりにも洗練されているために、ひと目見ただけでは織りとは気付かない。いわれて細部をよく見れば、灰色の細いたていとをくぐって、白い糸が右へ左へと蛇行してひとつの模様をかたちづくっています。
「この世のものとは思えない」とつぶやくと、風さんは誇らしげに「ならば、もっと見せたいものがある」というのです。……思ってもみない展開でした。でも、もしやこれが新しい道だとすれば、ためらう理由などありましょうか。いざゆかん。