- 不思議の国
- 春になったら、私は風さんの国を訪ねると約束をしました。風さんは、もっと見せたいものがあると約束をしました。美しいものを見てしまった。そのこと自体が、私の心をとらえて放さない。なのにほかにもっとあるといわれたら……もっと見たい。そんなとき、自分を圧倒するときめきと、同じくらいの不安が押し寄せてくるのはなぜでしょう?
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- 約束した帰り道、ひとり旅はいよいよ心細く感じてきました。思いきって、「ねえ、また不思議の国へ行ってみない?」若いころからずっと一緒に旅をしてきた伴侶を誘ってみました。「ひとりで行ってきたら?」「いや。ひとりでは行きたくない」「どうして?」「甘く見られるから」「不思議の国ってどこ?」「天竺」「天竺ですか」。
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- 私たちはこれまでも、人との出会いに導かれるように、新しい地に赴いたものでした。赴くたびに知らないことが待ち受けている。戸惑いつつも、得体の知れない力が働き、どうしようもなく心つき動かされ、一歩、また一歩と踏み出すごとに、それまでの概念はあっけなく覆され、ぎょっとするようなことに遭遇する。いつも謎解きです。
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- ふたりで重ねてきた幾多の旅も、あとから振り返れば、さながらおとぎの国でのできごとのように、幻想的ではかないものに思えて、同じところへは二度と戻れない。目を閉じれば、はるか彼方の景色はまるで、その場に立っているように広がるのだけれど。
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- 見知らぬ国に着いた夜に、旅の荷物を解きながら、これからの運命にみじんの疑いも持たず、私たちはいつも、夢のリストを連ねたものでした。そのリストにあるキーワードは耳慣れない現地の言葉ばかり。でも、それをひとたび口にすれば、つとに準備がなされていたとしか思えないふしが、ゆく先々で感じられたのです。なぜ?
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- 風さんとのめぐりあいと、古い布との出会い。不思議の国はどんなかしら? どんなことに出会うのかしら? 今が春なら、どこでどうしているのかしら? 待ちわびる気持ちと不安と。
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