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天竺のアットホーム
風さんのお宅は、ゆったりとした緑豊かな住宅街に建つ、低層のマンションでした。入り口に車が近づくと、見張り小屋から門番が出てきて誘導しました。風さんは私たちをエントランスへ案内して、小さなリフトに乗ると最上階のボタンを押しました。扉が開いたフロア全部が風さんの住まいです。廊下を静けさで包む白い大理石は、そのまま部屋の中へと輝き、ドアを開けると、大きな窓に面した明るいリビングルーム、そして奥に小さな窓の見えるダイニングルームと続きになっています。キッチンはその奥です。
 
白い大理石の床っていいものだなあと、このときあらためて思いました。イタリアで見るビアンコカララとはまた違った印象の、明るく清潔で、あらゆるものが水上に浮かんだようにシルエットが映る。靴を脱いだ足裏にひんやりと心地よく、ひとの集うあちらこちらにカーペットやラグの小島が浮かび、それは壁のタペストリーと心地よく響き合うよう図られ、主の趣味といったものが、訪れた客をおおいに楽しませてくれるのです。
 
「屋上庭園でアペリティフを楽しみましょう」と風さんは飲み物を持って私たちを誘います。細い急な階段を登り詰めると、そこには輝きはじめた星が、暮れなずむラピスラズリ色の帳に刺した、針穴から漏れる光のように瞬いています。「どうですか、向こうの森のモスクの屋根が見えますか。ここは天国でしょう? 私は風の父親です。はじめまして」と逞しい声が背後で聞こえました。振り向けば老人が手を伸べて握手を、と。
 
「お仕事はなにをされているの?」の問いに、私は握手をしながら、インテリアのデザインをしたり、展覧会の準備をしたり、本を書いていると伝えると「そりゃいい、今度風のことを本に書いたらいいです」とまあ、目に入れても痛くない娘の自慢と、親バカぶりを見るにつけ、どこの国のお父さんも一緒だなと微笑ましく思いました。そのときは笑って聞き流したけれど、今こうして風さんのことを書いていることの不思議……。
 
屋上庭園には草木やお花畑の植え込みがあって、あちらこちらにキノコのかたちした木の椅子や、ベンチ、テーブルが気まぐれに据えられ、蔓のパーゴラの下には籐籠のブランコがロマンチックに揺れています。風さんは私たち二人をそこへ腰掛けさせて、ワインやビールや、自分で作ったという揚げものやナッツを次々と運んできます。そしてブランコを揺らすので「やめて~」と。食事の前に酔っぱらっちゃうではありませんか。