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旅じたく
私たちは春の訪れとともに風さんのもとへ赴く準備をしました。風さんは設備の整った都市型ホテルをすすめてくださいましたが、私たちは慎重でした。灼熱の日々といわれるほど身体に過酷な気候、なれない風土において心やすらかに保つには、どうすればいいかしら? なかでも逗留先の選択は、運命を左右するかのように思えたのです。
 
見知らぬ土地ではなにが起こるかわかりません。災難や事故に遭遇するかもしれないし、体調を崩すかもしれない……胸いっぱいの期待も夢も、泡と消えゆくことさえあるやも。たとえ失意のどん底あっても、心の調和を保つことができれば、ものごとをよい方へ向けようとするゆとりも持てましょう。だったら自分で逗留先を探してみればいいのです。
 
風さんの住むところの歴史や観光案内をインターネットで調べみると、125年以上も前のコロニアル時代に建てられた白亜の館がありました。異国情緒に満ちた素敵なたたずまいです。ここでしばらく暮らしてみたいな。と、すぐに予約を取りました。
 
逗留先が決まっただけで、ゆるやかな気持ちになります。住む家が見つかった……そうか、それは逗留する館の住人になることなのですね。私たちのことなどほとんど知らない周囲の人が、そう接してくるから、それにふさわしい振る舞いや服装を考えて、旅のしたくをはじめます。たとえば白いシャツ、涼しげな帽子と手入れした靴ならいい感じ。
 
二週間分の旅じたくは、ありったけの白いシャツやドレスシャツを洗い直してアイロンかけて、下着と靴下を日数分、サマーウールにチノクロスに麻のパンツ、革靴を3足づつとスニーカー、スカーフやタイを加えて……洗面道具も。カメラやノートも忘れないでね。トランクとガーメントケースがひとつ、予備に布バッグを畳んで入れて。出発前はジャケットとセーターに帽子を被り、リュックとショルダーバッグを肩にかけ……。
 
チェックイン。手荷物がベルトコンベアーに載せられてゆき、チケットを手にすれば、いつも旅立ちの一瞬に味わう、背中に翼が生えてくるような、ぞくっとした感じに襲われます。