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夢か、うつつか、幻か
すてきなものから漂う気配は、かたくなな心を解き放ちます。私はといえば、これまでの粗く鈍く短絡な性質を恥じ入り、これからは、ささいなことも見過ごさぬよう注視しようと省みています。すてきなものの道筋をたどり、いつもそばに置いて肌に触れ、ものごとに対する思慮分別や振る舞いの拠りどころとして生きてみようと決めました。
 
「昔の人はこのようなものを好んで身に付けていました。繊細なモスリンに施すジャムダニ模様の芸術性が頂点に達するのはムガール朝の時代です。ダッカ地方のすべての村に手織りの機場がありました」なんと聡明な、お世話係の女性が説明をしてくれました。もとはグレイの生地に白い糸でモチーフが施されていたそうで、風さんが見せてくれたのは、まさにその組み合わせでした。私たちの目の前で織られているのは白生地に白、高貴の人を象徴するものです。
 
この世のはかなさ、見果てぬ夢……終わることのない戦さのなかで、いつも孤独の淵を歩き続けていた中世の皇帝や太守たち。せめてひとときのなぐさめに、身の回りに美しいものを集め、幾重もの透ける薄衣で肌を包み、滋養をとり、感覚を研ぎ澄ましていたのでしょうか……夢か、うつつか、幻か、光と影の織りなす模様を見ていると、つい、いろんなシーンを想像してしまいます……「そろそろお昼が近くなってきました」とお世話係の女性に促され、「え、もうそんな時間?」と、時の経つのが早いのに驚きます。 
 
そういえば、風さんとランチの約束をしていたのでした。風さんの友だちに私たちを紹介したいといってたような。急いで車に乗りました。車に揺れながら「ジャムダニを誂えてみようかと思うんだけど」と伴侶に相談すると「昨日見たカンタも譲ってもらえるかと尋ねてみたいし、いろいろ頼むと混乱するから、最後にまとめて風さんに頼んだほうがいいよ」と。そうね。次から次へと、すてきなものたちが出現してきそうだから。