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カンタ・ショー
風さんの車に乗って、オフィスに戻ってきました。スタッフの一人ひとりに挨拶をして、織物工場でのことなど話しているうちに風さんは、私たちが昨日片隅に寄せておいたカンタを引っ張り出していました。そして大きな男と、か細く小さな女を呼んで、なにか言いつけると、私たちには「彼らがここで広げて次々に見せてくれるから、あなたたちはそっちへ坐って眺めていればいいわ」と窓際に並んだ2脚の丸椅子をすすめました。
 
腰をかけると、少年が水のグラスを運んできて「ティーはいかが、それともコーヒーは?」とたずねます。グラスを椅子の脇へ置いて「ブラックティーをおねがい」と答える。ティーが運ばれてくるや、カンタのショーが始まりました。「なんでしょう。昨日見て、いいなと思ったものが、今日はあまりぐっとこなくて、たしかすでに見たはずなのに、今日初めて見るような感動もあって、記憶ってけっこういい加減ね」と私がいうと「記憶っていうより、ほんとうは、よく見ていなかったんだよ」と伴侶。……そういうことか。
 
一枚ずつめくっていって、「ああ、いいねえ。大胆で」なんてつぶやいているところへ、「ねえ、これって譲ってくれるかしら」と伴侶に話しかけると、カンタの裏も表も観察しながら「自分で集めているって聞いたよ」と答えながら「これ、すごいや」。「コレクションってこと? 風さんはコレクターなの?」としつこくいうと「いや、売ってくれかもしれないよ。尋ねてごらん?」と返事も上の空で、没頭してゆきました。私は自分に言い聞かせるように「なんでも、売らないものはないって」とつぶやいてカンタのモチーフに歓喜していると、「ちょっとぉ、しばらく静かにしててくれ」と。……はい。
 
お世話係の男女はそのやり取りをじーと観察しており、これまたなにがおかしいのやら、遠慮なしに笑いだすので、ちょいと風さんの語気を真似て「ネクスト!」と私がいうと、ふたりともピッと背筋を伸ばしてカンタをめくります。ついでに「これ、売るの?」と小声で尋ねてみたら、大きな男が首をろくろの上で歪んだ碗のようにくねらせて「yes」と。ほんとかいなって目をすると、深く頷いて「yes!」。もしかして、いやそんなはずは……。