- 風さんの招き
- カンタの博物館は植民地風の木造二階建てですが、中央は天井高く吹き抜けており、周囲を回廊風にしつらえた建物でした。いくつも連なる部屋のそれぞれの壁には、年代ごとに大きなカンタを吊るし、小さなカンタは額装したりして、通路を挟んで反対側にはさまざまな古民具や絵や装飾品がショウケースに入って展示されています。いちばん古いカンタは白生地に藍と茜のランニングステッチのみで神話の世界が描かれています。
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- 私たちはお互いに目が合うと「すごいシンプルなの」、「線画だね」、「人物の描きかたが、まるで棟方志功みたい」などとささやきながら観て回りました。どれも力強く逞しく、おおらかさに満ちてなお、洗練されて繊細なり。東洋的とも西洋的とも括れない摩訶不思議なモチーフと配置の、絶妙なバランス感覚は天竺風土の特性でしょうか、他では見たことがありません。時を忘れて見入りました。あまりにも集中してくたびれて。
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- とうとう3人は無口になって、誰からともなく出口のほうへと向かいます。靴を履いているとカタログ売りのおじさんが「日本人か? カンタを好きなら○○氏は知っているか?」と日本人の名前を尋ねてきたので「いいえ」と答えると「知らないのか!」とすごい勢いです。その人を知らないとカンタを好きになってはいけないのだろうか?……いちばん薄くて素朴なカタログを買いました。「不勉強でなんにも知らないの」と片手をパァに広げた私を見て、お世話係はおじさんに向かってなにか短くたしなめると、車のほうへと促しました。
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- 帰る道すがら、彼女は天竺の芸術大学を出て、今はテキスタイルの研究をしていると話してくれました。オフィスに到着すると風さんが今かと待っていました。ニコニコしながら「今夜は私の家で夕食を用意してあります」と誘う。伴侶を見ると疲れてはいなさそうだったので「それではこれからホテルへ一旦戻って、シャワーを浴びて着替えたいです」と答えました。「よろしい。じゃあ、ドライバーに送らせましょう。そして夕方にまた迎えに行くように言います」すでに風さんは受話器を取って早口で命令していました。