- いろんなことがありすぎて
- 朝早く織物工場へ行って、ランチタイムは風さんの友だちに囲まれて過ごし、午後はパタパタと古い布を広げたり畳んだりのホコリっぽいなかでカンタをたくさん見て、肉体的な疲れもさることながら、心のうちもかなり圧倒されていました。なにか天竺の文化の濃密さにあてられたような心持ちです。私たちもこれまでにいろんな国の工芸や民芸、古美術を見てきましたが、とくにカンタはそういったジャンルからもはみ出していて、衝撃的でした。20世紀初頭、おそらくマチスやピカソも見たであろうフォービスム的モチーフが次から次へと飛び出してくる。天竺でこんなものに出会うなんて……。
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- ふたりと口数も少なくなってきました。遠くから風さんはその様子を気にかけて、「そろそろ終わりにしましょうか」と声をかけてくれました。私たちは揃ってこっくりと頷きます。「なにか飲んでから帰りますか?」と聞かれ「いえいえけっこうです」と一日のお礼を述べて、帰り仕度を始めました。「明日はカンタのミュジアムにご案内しますからね」と風さん。ああ、そうだったと思い出しました。自分たちの予定を、勝手に他の人に立てられると、ちょっと厭な気持ちがします。相手の厚意だと解っていながらも。
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- ホテルへ着いて部屋に戻る前に、いつものようにプールサイドで夕暮れのひとときを過ごしました。グラスに注がれるビールを見つめながら、「いかんなあ、今日は働きすぎた」と伴侶。「一日にひとつというのが旅の基本だったわね」と私。「明日は早めに引きあげて、ゆっくりとディナーをとろう」「今夜はターリいってみる?」「いや、明日にしよう」「それも基本ね」というわけで、いつものように軽くマルゲリータで。
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- キャンドルの炎が揺らめいています。「どうやら私たちは面接にパスしたみたいね」と私が切り出すと、伴侶はすぐに風さんのことだとわかり「うん。最初に自分ひとりで吟味して、いいと思ったら友だちに評価してもらう、そして最後に家族に会わせる……なんだか結婚でもするみたいだ」と笑う。「私たちに対して、どんなふうに付き合えばいいのか、困惑しているのがわかるのよ」とグラスをあげると「けっこう混乱してる。思惑とはずれちゃって……」と伴侶も紫色の空を仰いで乾杯しました。
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- いろんなことがありすぎて、暑い日でした。明日はカンタのミュジアムへゆく予定です。