- プライベートコレクション
- 天竺のお金持ちのなかには、自国の伝統ある織物や工芸品を蒐集している人がたくさんいます。風さんのボーイフレンドも、国中を旅して、おびただしい数のミニアチュール(=細密画)と、カシミールショールを集めているそうです。「彼のコレクションは素晴らしいわよ」と風さんが褒めるとちょっと照れながらも、当然といわんばかりの笑み。「今度是非見せてください」と私がいうと「いいよ」と軽い返事が返ってきました。
-
- 風さんは「彼らを我が家のディナーに招待するから」とボーフレンドに宣言します。「……」またぁ、勝手に決めて、と私たちは顔を見合わせます。デザートも終わって、ランチはお開きの場面になりました。じゃあ、またお会いしましょうとキスや握手を交わし、私たちは風さんが支払いを終えて出てくるのを待ちました。「ご馳走さまでした」というと「どういたしまして。これからどうします?」と携帯電話を取り出しました。
-
- べつに予定はないと告げると、信じられないといった様子で、「美術館とか、公園とか、動物園とか、予定はないの?」と目を丸くしてつめ寄ります。「なにもないわ」と私。「なにかしたいことは? スパとか、ゴルフとか。近くに私の入っているゴルフクラブもあるし、テニスも出来るけど」と。「なにもしたくないし、どこへもゆきたくない」と答えると、じゃあ何しに来たんだといわんばかりだったので「これからあなたのオフィスに一緒に行って、カンタをもう一度見てもいいかしら?」と小声でお願いしました。
-
- 「ええ、そんなことならもちろんよ。でもそのあとは?」とまた迫るので「たぶん今日はそれで終わり。ホテルへ帰って休みます」と答えると、「あのホテルのターリは美味しいわよ。予約してあげましょうか」と。予約はスパの一件で懲りたので「予約はしないで。私たちのことは気にしないで、大丈夫だから。ともかくありがとう」と言いました。「あなたがたを我が家へ招待する日はいつがいい?」。「その件はまたあとでね」と、私はなんとか約束だけは免れました。なんとかして旅の自由を確保するために。