- ある種の懐かしさを乾いた風に乗せて
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アナス・アタッシ著、シリア料理の本「スマック」を入手した。扉を開けるや、目に飛び込んでくる食卓の風景は大陸への旅を思い出すよう、ある種の懐かしさを乾いた風に乗せて運んでくる。
料理の本は数えるほどしか持っていないけれど、手元においていつでも眺めたい、そして味わいを想像しながら物語を楽しむという価値ならば、絵本のような幻想性や、あるいは芸術書のような圧巻の贅沢さがないとね、と思う。
ところで、この美しい本の訳と発行/2ndLapの佐藤澄子さんは、東京にいた時代、私のインテリアデザインのクライアントだった。
のちに私は熊本へ、彼女も故郷へ戻り、おつきあいは途絶えていたのに、不思議な巡り合わせでSNSを通じてふたたび繋がった。そして今も自分で驚くほどに彼女のインテリアをくっきりと思い出しながら。A・プットマン作 'Rue de Bac' という名の真っ赤なソファ、壁面を埋め尽くすデザインや美術の蔵書、料理好きの凝ったキッチンツール forget most, remember some... シリアに思いを馳せるひと皿を。 - 3月10日
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英国に長い間いらしたマダムが毎春作って送ってくださるほろ苦いママレードを加えて、ウェールズ地方の伝統の菓子、バラ・ブリスを焼いてみる。これで3回目。
Baraはパン、brithは斑点を意味する。別名をウェルシュ・ティーブレッドというくらいなのでフルーツケーキとスコーンの中間みたいな食感を目指す。
前の晩に濃くいれた紅茶に、サルタナレーズン、カシス、カランツなどのドライフルーツと砂糖を加えて浸しておく。今回はママレードが入るので砂糖は半分量に減らそう。翌日に英国オーツと印度のアタにドライイーストを加えた粉類を、フルーツ浸し液の倍の分量を目安に混ぜて、卵とバター、ガラムマサラ少しとシナモンたっぷりを混ぜて発酵させる。2時間ほどすると膨らんでくるので、型に入れてオーブンで焼く。ごつごつとした表面に反して中はしっとりとして、噛めばときどきフルーツの甘みが新鮮に感じる。紅茶と一緒はなお美味しい。 - 3月20日
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セント・パトリックス・デーはみつばのクローバにちなんで、祖国アイルランドはもとより、西欧の街が緑色に染まるその日の暮れに、友は英国に居て旅に出た。
遠く離れていてもその波長に私は同期した。2000年から使い続けてきた J.HERBIN の菫色のインクを、17日を境に大英帝国時代の深い緑色に変えた。
水彩紙のパッド、フィールドスケッチブック、ペリカンのボールペン、W.モリスのウィロー版のメモパッド、シックシンプルシリーズの「SCENTS」の編、そして英国カンバーランド社の72色の高濃度顔料を使用したダーウェントの色鉛筆のなかから緑系統の10色を抜き出して、机の上は翠の文具を寄せ集めたコンポジション。
そしてちいさな欄の育つ鉢。
春の木の芽、苗の芽吹き、緑の色だけでこんなに興奮するのはひさしぶりだ。長い冬から目覚めて背筋を伸ばし、すっかり汚れた羽の埃を奮い落として、新しい章の幕開けだぞ〜。緑はまさにその縁起にしたいね...と。