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もてなし
案内された客室は天蓋付きのベッドでした。天蓋も窓のドレープも、ソファの張り地も、ベンガラ色と苔色の濃淡の縞に織られ、いくつかおきに金糸が刺繍されて、想像していたよりもシックな色調です。壁には中世風のミニアチュールが飾ってありました。窓際のデイベッド。大理石の丸テーブルの上には白いナプキンと銀のフィンガーボウルとグラスが用意してあります。銀のバケツにシャンパンが冷えて、コンポートにはフルーツとチョコレートと……。
 
少し離れてヴィクトリアンの安楽椅子、窓を背にした壁側にビューローと椅子が据えてありました。机の上にグリーティングが2通。「ようこそ、美しいわが国へ。なにか不自由なことがあればいつでも電話をください。明日の朝、私のドライバーがお迎えにあがります」と。風さんがホテルに届けてくれたようです。もうひとつの封筒にはホテルの支配人からのメッセージがありました。「ご滞在の日々を、私たちとともに楽しくお過ごしくださるよう、いつでもなんなりとお申し付けください。歓迎をこめて」。
 
両開きの窓を開ければ、バルコニーが中庭に向かってせり出して、館の屋根と椰子が蒼い空に黒くくっきりとした輪郭をなし、影絵のようです。ひとしきり部屋の内外を眺めたあとは、荷解きをして、クローゼットにそれぞれの衣服や靴を仕舞いました。シャワーを浴びて、歯を磨きながらテレビのニュースを見ていると、そのまま眠ってしまいそう。いけない、いけない。なにか忘れていないか。そうそう、朝食の注文をドアの外に掛けてと、モーニングコールを頼み終えると、もはやこれまで。バタンキュ~です。
 
朝、早くに目が覚めてしまって、グッドモーニングの電話を待って、ルームサービスも待ちくたびれて、まだ8時。朝のプールはどんなかな? とバルコニーから見下ろせば、パラソルの下で寝そべって本を読む女、泳いでいるのはたったひとりの老人、そして植え込みを掃除している庭師が見える。静けさのなかで小鳥のさえずりが邸内に響き渡り……ピピピピ。やがてコーヒーの香りとともに、やっとサービスワゴンの到着です。オレンジジュース、トースト、冷たいバター、ポーチドエッグ、カリカリベーコンの幸せ。
 
「あとで門の外を散歩してみる?」と伴侶が尋ねました。「そうしましょうか」と私。