logo

プールサイドでディナーを
部屋に戻ってシャワーを浴びて、窓辺のデイベッドに寄りかかっていると電話が鳴りました。風さんからでした。今日私たちはゆっくり休んで、明日は昼前にドライバーが迎えにくるそうなので、彼女と合流してランチをして、そのあと一緒に仕事場へ連れてゆく計画だそうで、まさに、風まかせとはこのこと。懐かしい声を聞いたせいか、受話器を置くと猛烈な眠気に襲われ、一瞬、夕食はどうなるのとつぶやき、起きたら考えようという声を遠くで聞いたような……。
 
目が覚めたときはテントのなかでした。紫ばむ光のなかで額縁の金箔が鈍い艶をたたえています……ここは? ああ、天竺へきたんだっけ……ひとり?……ふたりじゃなかったか。過去に見たことのあるような風景のなかを歩き、いくつもの夢を見て、夢と現実が入り乱れています。とりあえず身を起し、バスルームへ向かう途中にクローゼットを開けて、ふたり分の衣服が掛けられているのを確認しました。やっぱり。たぶんまた門の外へでも出かけたのでしょうか。伴侶はしばしば、ふらりと消えることがあります。
 
ギィポン。と錆びた鐘のようなドアベルが鳴りました。ギィポン。ドアを開けると、おかえりです。どうやらこの館の外郭をぐるりと探検してきたようで、裏側はアーケードになっており、へんな店がいっぱいあったそうです。日本レストランもあったけれど、今宵はやめとくらしい。それより、プールサイドでディナーもとれそうだというので、私は窓から中庭を見下ろしつつ、あのキャンドルが灯っているのがテーブルかしらとつぶやきました。ビールを飲みながら様子を見て、それから考えようということに。
 
ちょっとまだ疲れが取れていないので、夕食は軽めにと相談しました。ピッツァがあります。「どうなんでしょうか?」「おすすめです」って。天竺のマルゲリータですか。ま、なにごとも経験ですから。「とりあえず1枚」「ほかにご注文は?」「あとで考えよう」ということに。それは直径30センチもあろうかというほどで、生地は薄くてトマトソースもチーズも新鮮です。「けっこういける」「うん、ミラノで食べた次くらいにおいしい」「それはちょっとほめすぎかな」。食後には、ダブル・エスプレッソを頼みました。「さっき新聞読んでたら、いかにも天竺らしい意識調査が載ってたの。もう一度生まれ変われるとしたら、8割以上の人がね、またこの国に生まれてきたいって」。