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天竺の出迎え
ゲートを抜けると、送迎通路の両側は人、ひと、人。真夜中でも出迎えの人垣ができていました。黒山の人だかりのなかに、自分の名前の札のありかを探しながら、前へ進みます。あ、ありました。白い帽子に白い服、かもめのような清潔な身なりのホテルマンが名札をかかえています。私が手を振ると、満面の笑みと白い手袋の手をあげて、すっ飛んできました。てきぱきと荷物やカートを引き受けて、パーキングへと誘導します。
 
ターミナルを出ると、水銀灯の明かりの下は薄暗く、足元はほこりっぽくて、大声でしゃべる人や、車のクラクションであふれていました。人の隙間を縫って足早に進むわが一行を見失わないよう、私は小走りで追いかけてゆきます。車を駐車してあるところまでは、ずいぶん歩いたような気がします。やはり白い帽子に白い服姿のドライバーが、車からでてきて荷物を積み終えると、ドアを開けて、「ようこそ天竺へ。さあ、どうぞ」。
 
座席に着くと、ドライバーは、おしぼりとミネラルウォーターを用意してくれました。「ありがと。ああ気持ちいい」。「それではホテルへ向かいます」。しばらくして寒くなってきたので、ジャケットを着ました。またしばらくすると、くしゃみをしてしまい、「もう少しエアコンを弱くしてくださる?」とお願いすれば「はい、わかりました」と。すっかり忘れていたけれど、暑い国はどこでも冷房がききすぎていて、いつもつらい目にあっていたことを思い出します。ホテル、レストラン、タクシー……暑い国は、寒い。
 
空港から市街へと続く道は、土を掘り起こす工事車両が連なって、ただいま整備のまっ最中。蛍のようにうごめく光はこれでした。郊外の住宅建設ラッシュはいずこの国にも同じ風景を作ります。しばらくゆくと道の左右に水がきらきらと輝いています。「あれはなに?」と聞けば、水上公園だそうです。暗くて水面のゆらぎしか見えないけれど、蓮の花は咲いているのかな。想像するだけでも、いかにも天竺らしいプロローグです。
 
私たちを乗せた車はやがて、人と車でごった返す市街へとはいってゆきます。急に眠気が襲ってきて鈍い感覚にとらわれながら、窓の外をぼーっと眺めていました。夢かうつつか、遠くにヤシの葉陰が揺らいでいるのは蜃気楼かもしれず。目をこすればやがてライトアップされた白い館が、くっきりと浮かび上がってきて、だんだんと近づいてきて。