- 真夜中の到着
- 天竺は想像していたより、はるかに遠い国でした。中継地の星港まで7時間、近未来ふうの空港で待つこと3時間半、天竺ゆきに乗り継いで4時間、満天の星空を飛行します。ベンガル湾に注ぐ河口の夜景は、それまで降りたったどの国とも違っておりました。空から見降ろせば、ぼわっとにじむ蝋燭の炎のような群れ。あれはなんでしょうか。蛍のように動めく光がちらほらと。地は天と接するまで、果てしない闇を広げておりました。
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- ランディングは怪鳥に乗って、寝静まった天地のはざまを滑らかに降下するおごそかな儀式のようでした。搭乗橋へでると、昼間の名残りの熱と湾からのもわっとした湿気がやってきて、機内で冷え固まった四肢がほぐされてゆくのを感じます。天竺への入国審査は、蛍光灯にてらっと晒された白い大理石の部屋で行われようとしていました。
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- 白い巻布、孔雀色のシフォン、バングルの擦れ音、くたびれたコマーシャルTシャツ。旅人たちの後ろに並ぶや、耳もとをぷ~んと蚊が過ぎて。あ、と声が出て、手で払いながら振り向けば長い列ができて、なかなか前へ進みません。ぶ厚い眼鏡をかけた栗みたいな老人が、審査を終えたあとに、こぶしをあげてガラス越しの審査官に抗議しています。ひとしきりわめきちらしましたが、周囲がなだめるとすぐに収まって、私の番です。
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- 審査官は苦々しい思いのまなざしを、私の旅券に向けました。ページをめくっては戻り、閉じては、開いては、見つめること数分。耳をそばだてていると、質問はなく。特権に酔いしれているようでもあり、記載内容がすぐに理解できないのかもしれず。こんなときは黙して待つを流儀とします。気持ちを天竺時間に同調すべく、細く長い息を吐いて。と、トントントンッ。押印終了。最後に私をひたと見据えて旅券を差しだしました。
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- 見慣れたトランクとガーメントケースがベルトコンベアーに載せられて、再会を喜ぶかのようにこちらへ進んできます。えいっと引き寄せてカートに載せてゲートへ。伴侶はその前に両替をしにゆき、私は荷物の番をしており。出口付近では手荷物検査をしています。「それなに?」とトランクを差すので「衣服です」と応えると「ほう、衣服!」。