- ただめずらしく、おもしろく
- 風さんのオフィスの一角はショウルームになっていて、色とりどりのサリーがハンガーにかかっています。自分でサリーを纏う趣味はないけれど、このように凝った刺繍や複雑な織りを見るのははじめてです。ロイヤルブルーのシフォンの両端を金糸で縫取るように綴られた高貴な紋様、これはフォーマルな席のためのドレスのようなものかしら、それともお金持ちのマダムたちが身につけるのかしら、と想像していると……。
-
- 伴侶がショウルームの隅にすわり込んで、なにやら見ています。「なにしてるの?」と声をかけるとにっこり微笑んで、小さな声で「ちょっと不思議なものを見つけた。来てごらん」と手招きします。衣服のかかったハンガーの下に、毛布のような布を何枚か重ねて紐で束ねてあるのですが、近づいてよく見ると、それは薄い木綿をキルティングしたものでした。キルティングといっても、今までに見たこともないような緻密さの。
-
- 「すべてがはじめて見るものばかりで」と興奮覚めやらぬまま手に取れば「これ、縫ってるんだよ。信じられない」と伴侶も。私たちの熱気を感じて様子を見にきた風さんに「これは、なに?」と聞けば「カンタ!」と強い発音で繰り返し、次に「サシコ」と日本語で付け加えます。ああ、刺し子ねえ、でも刺し子というには紋様が、色が、モチーフが……マチスやピカソの絵のよう。素朴でかわいい動物や植物が生き生きと描かれていました。じつは、風さんのコレクションだそうです。最も古いものは150年以上も前のもので、白の木綿の生地に赤と青の2色の糸を使って線画のように刺繍されています。
-
- 古いものはシンプルで素敵。それより少し新しいほうは黒、緑、黄色などの色使いでしたが、やはり布は白生地なのでほがらかでパッキリしています。ちょっと見たところでは、色糸で上下に針を刺して線にするといったような単純な技術かと思いきや、裏も全く同じ柄に刺しています。今まで見たことのある刺繍には必ず裏と表があって、裏側の糸の始末は見せないものと思っていましたから。それまでの刺繍の概念を覆されました。