logo

風さんのオフィスへ
デザートを待っているあいだに、風さんは私の着ているブラウスを、「とてもすてき」とほめたりします。照れながら「これは天竺のものよ」と答えると「ええ、カディコットンね」と深くうなづいて「よく似合ってる」と胸に施された繊細なピンタックとアップリケを念入りに眺めます。はじめて聞く言葉に「カディコットンって?」と訊ねました。「手でつむいで、手で織った木綿の布のことよ」む、今まで知らずに着ていた……。
 
風さんは細かいピンタックのたくさんある黒いキャリコのシャツ。今度は私がほめました。そういえば風さんは黒いものが大好きなようです。それは風さんの知性を引き立てているようです。服も靴もバッグも車も黒ずくめ。おしゃべりをしつつも気持ちのいっぽうでは、冷徹な目に観察され続けているような気配がしていました。どのような装いで、どのような振る舞いで、どのような受け答えをするかといったようなことすべてに。
 
細心の配慮の奥からじっと見極めようとする目。このような瞳に遭遇することはしばしばあります。階級や身分制度が色濃く残る国々では、異国の客人をどのようにもてなせばいいかと判断を下すのに、相手に気取られないよう、ちらりちらりとまなざしを注いでいます。私たちはふたりとも、こういったアプローチに敏感なので、ときに相手を混乱させるようないたずらも企みます。そのほうが人生の愉しみは多いような気がして。
 
食事を終えて、風さんは私たちを自分の車に乗せて、オフィスへと案内しました。そこは静かな住宅地区のなかにあるこじんまりとした建物のワンフロアでした。オフィスのメンバーをひとりずつ紹介してくれましたが、耳に慣れない名前ばかりで、すぐには憶えきれません。7、8人はいたでしょうか。でも大丈夫。こういうところでは、すでに私たちを世話する係が決められているのですから、なにも心配しなくともいいのです。
 
風さんは「明日は朝から織物工場へ案内して、ランチは中華レストランで私の友だちに紹介したいの……それから」といった調子。「今日はこれからどうするの?」と聞けば「夕方にあなたがたのホテルのスパを予約しましたから、それまでここで遊んでて」と。