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ランチを一緒に
ロビーで待っていると、ちょうど約束の時間に、風さんの差し向けたドライバーがエントランスに迎えにきました。ドライバーはホテルの中へは絶対に入ってきません。ドアマンに呼び止められて、なにやら話している様子。ガラス越しに張り付くようにこちらの様子を伺って、ちょっと首を傾げた感じがトカゲみたいです。あ、日本人発見! とばかりに手を振ったので、きっと彼だと思い、手をあげて外へ出てゆきました。
 
「こんにちは」、「こんにちは」。「はじめまして」、「はじめまして」。自分の名前を言ったあとは沈黙です。「ここからどのくらい時間がかかるの?」と聞けど、「オフィスは同じところなの?」と聞けど、ハンドルから離した片手をパァにして、にっこり首を傾げるばかり。本日はホテルへゆき、日本人の名前を告げて、2名を風さんの待つレストランへ連れて行く。それが使命ですものね。合点承知の助です。以降私たちは、あまり彼にいろいろ質問するのをやめて、おとなしく窓の外の景色を眺めていました。
 
風さんは自分の車を運転してきていました。乗っているのはピカピカに磨いた黒いクールな日本車でした。手にはモバイル、片時も離しません。天竺のビジネスエリートの典型的なスタイルです。ひとしきり再会の喜びを交わして、さっそく小さな扉をくぐりました。天竺では昼間から暗い照明のレストランというだけでめずらしいのですが、こぢんまりとしたテーブルや椅子も、シンプルなかたちした古くて素朴な雰囲気で、今やどの都市も見られる地産地消の、オーガニックなベンガル料理を供するところでした。
 
風さんに失礼を請い、まず手を洗いにゆきました。席に着くとライムジュースが用意されていました。ジュースに手をつけないでいると、風さんが「ここのは大丈夫よ」と笑って飲んでいます。水は口にしないと決めているのを見透かされたようで、ちょっとレストランに失礼かとも思ったし、風さんにも悪い気がしたけれど、背に腹は代えられぬ、という決意です。お料理はどれも繊細で、バナナの皮で包んで蒸したちまきのような魚料理や、上品な香りの豆アソート、マンゴープディングなど、すてきな献立でした。