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風さん流のおもてなし
「これはどこのワインですか?」と風さんに聞くと「天竺のワインよ」という答えが返ってきたのでびっくりです。今や天竺にもワインブームが押し寄せているなんて、バブル景気の象徴ですもの。味のほうは?う~ん、これといった個性がない。そもそも、天竺の人たちのおおかたは酒を飲まないのですから、ワイン話に花が咲くようすもなくて、ほっとしましたが。地理的にはオーストラリアワインの系統が近いような気がします。
 
ふた口くらい飲んで、ビールに変えてしまいました。初めからビールを飲んでいた伴侶は、状況を察して笑っています。そのうしろから風さんのボーイフレンドが顔を出しました。あれ、いつのまに? 夕闇に真っ白い歯がこぼれ、満面の笑みで「やあ、いかがですか?」と手が痛くなるほどの固い握手をしてきます。「いてっ。あら、こんばんは」がっちりした身体、臼みたいです。伴侶も「とてもいい気分ですよ、いてっ」と握手。
 
風さんのボーイフレンドはむかし、日本へ行ったことがあるそうです。そういう人が口を揃えて言うことには、日本人はとてもきれい好きであると。考えてみればあらゆる宗教の戒めや教えは身ぎれいにして病気にかからないための養生訓みたいなものかも。かつての日本人はだれでもハンカチーフを携帯していたり、街頭ではティッシュペーパーが配られたり、風呂の習慣や箸の使い方など、まるで修行のように映るらしいのです。
 
例のごとく風さんは「この人たちは他の日本人とはぜんぜん違う!」とお父さまに話しています。お父さまの、ちょっと蛙みたいな目が、いっそうまん丸になって「それはどうしてだい?」と興味津々の様子。どうやら、今回はその理由を説明しそうなので、私は聞き耳を立ててしまいました。この人たちは毎日白い木綿の衣服を着てくるとか、あまり多く食べないとか、カンタなどの古いものに興味を示すとか、観光地へは行きたがらないのに工場や美術館ではきりがなく長居するなど……そんなことを。
 
客人を深く観察して、それを表明して、冗談まじりにもてなしの勘どころを、暗に自分の身内に告げているかのようにも思える。ひやかすような歓迎の方法です。わが身に置き換えれみれば、自分の友だちに客人を紹介するときには、せいぜい名前とか職業とか、さしさわりのないことばかりで、社交とか接しかたとか、いまひとつ下手です。比して、朴訥ではあるけれどメンタリティは深く、天竺人の機微に触れたような一瞬でした。