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今夜は福の神が舞い降りて
並走するトラックが私の車を追い抜きます。たぶん工事かなにかの労働者たちの集団でしょうか、後ろの荷台はまるで苗床のように隙間なくひしめき合い、全速力で帰路を急ぐのでした。天竺辺りでは、長距離バスも列車も、人びとが窓からはみ出て屋根上までも鈴なりに乗っています。振り落とされることはないのでしょうか?以前乗ったバスで聞いた話では、たまにいるそうです。眠りこけているうちに。笑い事じゃないけれど。
 
そうそう、指に触ったものをポケットから取り出すと4、5枚重ねたお札が丸まっており。なんか毛穴がチクチクするようないやなムードに包まれて、おそるおそる広げてみると、予感はみごと的中しました。それはまぎれもなく伴侶が持たせてくれた心付けでした。では、私が渡したのはいったい……以前風さんが予約したと言ったスパでの手違いを教訓に、今回も万が一に備え、施術料金をバッグに、チップはポケットに、くれぐれも間違えないように分けてきたのに……あのときバッグから取り出したんだっけ?
 
どうりであの女性があんなにも愛想よく、何度も拝んで見送ってくれたわけだ。う~、チップにしては法外な、なんたる不覚……私はほんとにアホかいな、と冷や汗がジワとにじんで。やるせぬ気持ちを挽回しようといろんなふうに考えてみました。風さんが言ってたっけ。「チップを渡したり、施しをするのに深く考えたことはないわ。気分次第」私たちの運命は、神様が舞い降りる日もあれば気づかないで通り過ぎることもあるって。
 
今夜、彼女には福の神が舞い降りたと、家族で食卓を囲んで祝っているかもしれない。「天竺の最後の夜はよかったな」で終わりましょうと、車窓に月が微笑んでいました。
 
「風さんとの出会いの話」はこれで終わり、次の話までしばらく休刊といたします。