- 最後の一日は
- おいとまする間際になって、風さんの娘さんに会えてよかった。天竺の16歳女子、反抗期のアンバランスな様子が妙に刺激的だったこと。はるか昔の、自分の娘時代の感受性と表現力のちぐはぐな感じがよみがえってきて戸惑いましたが。もうひとつは、いつもてきぱきと精力的に仕事をする風さんとは違う一面を見ることができたこと。根っからのエコノミックアニマルだったら、長いお付き合いはむずかしいでしょうから。
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- 「あさって帰るんでしょう? 最後の一日はどう過ごしますか?」と風さんに尋ねられて、はっとしました。もうそんなに日が経ったのだと。「この町に骨董屋さんってあるの?」と伴侶が尋ねると、風さんはうれしそうに話しはじめ、明朝、私たちのホテルにドライバーを差し向けて、骨董街の近くまで案内させるから、午前中は骨董を観て回って、そのあとゴルフのクラブハウスで待ち合わせてランチを一緒に食べましょうよと。
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- 「そのあとは……ジュエリーなどには興味ないの?」と例のごとく次々にスケジュールを決めようとするので、あわてて「あすになったら考えましょう」とくい止めました。そしておなかいっぱいな感じになってきたので「今夜は素晴らしい夕食をありがとう。そろそろ……」とおいとまモードに切り替えて家族と抱擁したり握手したりして。「オッケー、ではホテルまで送らせましょう。ヘイ!」とキッチンに向かって呼びかけます。
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- キッチンのドアが半ば開くと、ドライバーがまだ口になにかほおばっているのが見えました。彼のほかにも数人の男たちが皿を抱えていました。おそらく雇いのコックや使用人だと思います。彼らはいつも客人の目を避けて、次の間や働く場所に控えていて、食事もこっそりとして、いつでもご主人のためにスタンバイしているのでした。こういった階級社会の場面を目の当たりにすると、なにか映画のなかにいるような錯覚に陥ります。