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チチチ、チッチッ、ジュ、ジュ、ジュクジュク

 チチチ、チッチッ、ジュ、ジュ、ジュクジュク。雀の鳴き声で目が覚めた。ここはどこ? 起き抜けの頭の中は朝ぼらけ。自分が今どこにいるのか、すぐには思い出せない。夕べ着いたのは、どこのホテル? ん〜まどろみのなか、ああ雀、スズメ…どこにいるの? おぼろな記憶を辿りかけたのもつかの間、ジュ、ジュ、チッチッ、ジュクジュク、のどかな朝などといった生やさしいものではなくなって、もう寝てなどいられようか。  diary photo   
 ベッドルームの窓から頭を直角に突き出して見上げると巣は軒の下にある。樋の間の隙間に木の枝を寄せたようなベッドがしつらえてある。夫婦なのか兄弟姉妹なのか、だれも脅したりしないものだから、ひっきりなしにさえずりあってやかましい。春にそこでひなが孵って飛び立つまでの間、想像しただけで、すごいなあ。
 大昔から、人の住むところに一年中雀はいる。「舌切り雀」の話にあるごとく、昔も変わらずさえずり騒がしかったわけだ。季節によって移動する渡り鳥ではなく定住型の鳥とでもいうのだろうか、この地の先住者というわけだ。「見かけない者が最近この辺りにいるからしばらく警戒すべし」などと情報交換しているのか。
 そういう私は冬に移動してきた。緯度にして南へ3度、経度にして西へ9度、新天地は風光明媚な海山からは遠く離れ、かといって街の中心部でもなければ名所旧跡もない、昔は一帯畑だったところが1960年以降に宅地として開発されてきた第一種居住地域である。町内を流れる人工水路の名は「うぐいす川」、そのほとりの雀の巣のとなりに引っ越してきたのだった。

3月10日

 春の訪れはうぐいす川のほとりに水仙の芽を発見した朝。次の日からは青緑のパステルでシュッシュッと斜線を描くように葉が伸びて、やがてウズラのゆで卵を半割にしたような花が咲き始める。これを合図に、お隣の雀一家をはじめ、近所のdiary photoハトやカラスやムクドリ、コマドリらが巣作りにとりかかる。いずれも縄張り争いやひなの安全確保問題で気が立っているらしく、並木道を通る人に対してギャッギャッとあられもないダミ声で威嚇する。この頃私は身を縮めてそろりそろりと歩く。
 世界中のどこであろうと、たとえ生まれ故郷であろうと、わが室内に安息は約束されぬとは、渡り鳥も留鳥も私も同じ…それだけは自分で築かなければ…身の回りを気持ちよくととのえて、日々心地よい景色に変えてゆくことに心砕く。どんな巣をお望み? 青い色の材を集めて飾る青東屋鳥(庭師鳥)の巣はつとに名高いが、インドで見た雀の巣もハイセンスだった。
 天井から吊るしたランプに小枝を集めたベッドをふわりと掛け、瑞々しい蔓の葉で縁取って、明かりが灯ればシルエットになって天井絵のごとし。'You knew your paradise.' と祝福したくなる。 私たちもインド雀の芸術家気質に習い、たとえどんなに荒れた地の果てでも、どんな状況にあっても、天国は自分たちの手で作ると心に刻む。
 また春が来た。さあて、ここで自分をどうやって成り立たせてゆこうかしらと。

3月20日

 もう1年も同じお茶を飲み続けているけれど、飲むたびに「ああ美味しい」と深呼吸をするように言葉が出る。高原のお茶を釜炒りにしたもので、目安は80度で50秒くらい、やや高めの温度で煎じること三たび、移ろいを集中して味わう。
 捜し倦ねた末にやっとこさ、これぞ我が家のお茶とばかり、天辺に辿り着いた喜びもつかの間、去年の2月の終わりに同じ市場を訪ねてみたら、もうあのお茶農家は市場にこなくなって久しいと聞いた。茶界に一期一会の戒めあり。
 有頂天のち奈落の底…を何度も経験してきた私は常々、美味しいと感じたものは製造者の手がかりを遺しておくよう心がけていた。この時も、とっておいた茶袋に記された製造農家宛に、イラストと走り書きを添えて葉書を出した。「熊本へ移り住んで以来、初めてこのようなお茶に巡りあいました」と。
 番地までは記載されていなかったので届くかどうか不安だった。翌々日ポストに戻ってきたので、落胆して葉書を見たら「料金が不足」のスタンプがあったのですぐに2円切手を貼って再投函した。
 その3日後に、お茶とお米とぬか漬けの宅配が届いた。長い手紙が添えてあり、「お茶作りは手がかかるばかりで、夫婦ともに高齢になって、後継ぎもおらず、茶畑を知り合いに委託したものの、思いがけぬ便りに感激して、また作ってみようかと奮起した。自家の消費分がわずかばかりあるから、さしあたりそれを送ってみた」といったことが書いてあった。
 新茶までの、残り少ない蓄えから譲ってくださったのだ。もうびっくりして、すぐに声を聞きたくて電話をかけて「ほんとうはみなさん美味しいと感じているはずですよ。それを直接伝えるまではしないだけで」と伝えた。そして次の新茶からは、おふたりが続けられる限り、毎年分の注文をしたいと。