logo

ここはどこ?って感じ

 この季節は、九州のはるか南の海上で次から次へと台風が発生してくる。そのおおかたは鹿児島で東へ逸れるのだが、去年は熊本直撃だった。
 台風が過ぎると、各地から台風見舞のメールが届く。去年の危機感を忘れないようにと当時の自分の返信メールを今一度読み返す。
 『この辺りは、雨や風や虫の音の自然を感じるなどといった生易しいものではなく、自然の猛威にさらされている感じです。昨日の明け方は台風のど真中にあって、メリメリッという何かが引き裂ける音で飛び起きると、それは近くの小川の桜の老木が倒された音でした。
 ブオーッと風が雨を巻き上げてサッシのレールを超えて侵入するし、窓の外は、薄暗い空にゴーゴーと電線が鳴って揺れて、デッキの囲いに張り巡らした葦簀はなぎ倒されて紐が外れて、さながら南京玉簾のような格好で乱れ散っています。
 あらら、道路を発泡スチロールの箱が高速で滑ってゆくよ!と目で追えば、向かいの家の瓦が剥がれ落ちて、まあすごいとしか言葉がなかったです。 diary photo
 一夜明けた今朝は、クインテッセンスへ被害の様子を見に行きました。どこから飛んで来たのか、いろんな木々の枝を片付けて、強風に剥がされたデッキの寒冷紗を元通りに取り付けて。そんなこんなをしているうちにだんだん気持ちも静まって雨風が吹くたびに同じ事の繰り返し。クインテッセンスの空間だけが妙に静寂と静謐を保っていて、ここはどこ?って感じです。』
 今年は台風がやってくる前に、デッキに装備している家具や植物や日避けを風に飛ばされないように縛ったり係留して…You can always change the course…植木鉢も室内に避難させて、備える。

10月10日

 このあいだ、私の日記を愛読しているという人に、デッキのシーンがたびたび出てきますね、お気に入りなんですねと指摘された。はい、とても好きな場所です。家がまるで船のように思えてくるんです、と私。
 4年前に、四角い倉庫のような建物の2階部分を住まいとすることになり、踊り場からキッチンの窓の外側にかけて洗濯物干し場が欲しいと、板張りの高架空間を増設してもらった。視界がぐっと広がって船の上に立つ気分だ。
 海で拾った石ころなどをころがして、夏休みにはデッキチェアとテーブルなど買いにいった。夏の朝夕はそこで涼み、春と秋の穏やかな日にはランチを運び出す。
 星降る夜に空を見上げながら歯磨きをしていると、いつしか船の甲板にいるような、私たちはもう何年も長い長い船旅をしているような錯覚に陥る。
 車で帰ってくるとき、わが家の眺めは、階下からデッキへ続く白い天蓋付きの長い階段が、まるで昔の客船のタラップのようだ。 diary photo
 ドアを開けて最初に目にはいるのは船室の、ではなかった、ベッドルーム前の、揺れるランタン。20世紀の初めの頃、世界航路を旅した人たちのように冒険心に満ちて、異国で見るもの聞くものすべてに歓喜する。そんな旅情を果てしなく持ち続けながら明かりを灯す。

10月20日

 新豆が出る頃になると、熊本産のウズラ豆や金時豆を使ってチリコンカンをよく作る。トマトのサルサ、アヴォカドをペーストにしたグァカモレ、それにトルティーヤを添えて。秋の夕暮れどき、優しく乾いた空気のなかでメキシコのデリケートな美味しさに酔いしれる。
 チリコンカンの仕上げに、ハラペニョとタマネギのみじん切りと香菜のフレッシュな香りが真骨頂を発揮する。東京にいたころは、メキシコを始め、沖縄や京都産の、生のハラペニョをスーパーで見かけたけれど、ここにはない。そこで、我が園芸部に相談したら、種から育ててみようという。それじゃ私もと、クインテッセンスの庭先の小さなパッチに、香菜の種を撒いた。 diary photo
 さて手塩にかけたその成果をごらんあれ。満月の光が降り注いだあとにもぎ取った。鉢植えの一株の収穫はこれが最初で、まだまだ小さい実が後に続く。
 ハラペニョの形はふっくらとしてなんとも、めでたく愛らしい。昔の人たちはこういうものを見て、やはり豊穣神が宿るようにと装身具や文様に写し取ったのかしら。
 じっと目を凝らせば、それはペイズリーを連想させる。インドではペイズリーのことをマンゴーとも呼ぶ。