logo

まるでボルドーワインを思わせる
 手塩にかけて袋がけした4、5房のブドウの収穫の日がやってきた。待ちわびた実りの秋、といっても今年の熊本は7月の台風以来ほぼ連続して気温35度超えだったから、秋という言葉もイメージもどこか遠い国のおとぎ話のようだ。
 明けても暮れても窓の外はほぼ夏日、もう飽きた、朝夕だけでも涼しくなってくれればねえ、なんて会話で朝の挨拶が始まるこの頃である。それでも蝉の鳴き声はいよいよ押せ押せのラッシュアワー然とし、大合唱の終盤と見えて、今朝デッキの下でコオロギを見かけた。
  ああ、やっぱりね、人がなんと言おうと季節は確実に移り変わってゆくのだよと教えてくれたのは自然のちいさな変化だった。初めてのぶどうの味はどうかしら。diary photo  2株の、どちらがどの品種だか途中でわからなくなってしまっていたけれど、このちいさな黒い粒はやはりカヴェルネソーヴィニヨンではないのか。
 恐る恐る口に含んだ。何といういい香り、まるでボルドーワインを思わせると言ったら、またまた、順序が逆でしょうそのたとえ、あ、でも味が濃いなあ。ねっ、味わい深いって言うか。
小さくともぎゅっと詰まっている。is enough to fill your heart. 今年はわずかしか穫れなかったけれど、来年は箱に詰めて東京に送ってあげられるほどに…

9月10日
 朝の空気をひんやり感じると、もう冷たい飲み物や食べ物はやめて、そろそろ温かい野菜スープを作り始めようかしらと気持ちを切り替える。といっても私の場合は片っ端からすべてをサイコロに切って炒めて煮るだけの、ときどきはそこにレンズ豆かインゲン豆などを加えたりして、炊き出しのような野菜スープ。
 トマトもセロリもカボチャもじゃが芋も、この乾いてきた風のせいかしら、成分がぎゅっとしまって、こくのある出汁がとれる。
 オリーブオイルとニンニクをゆっくり温めて、玉ねぎで香りを立たせ、そこに繊維の堅い順から野菜を入れて油を纏わせたらひとつまみの塩とベイリーフをいれて水を加えてぐつぐつ煮ること20分、野菜はハーブみたいな香りになってゆく。 diary photo
 食べる前に塩とこしょうで調味するだけのなので、この5つの調味要素は欠かせない。なかでもニンニク。あれは農薬と肥料をたくさん使うから難しいよ、と八百屋さんに聞いたけれど、ならばいっそう自分の菜園で育てたくなる。
 去年の今ごろ有機栽培のニンニクを買った。食用だけれど放っていたらすぐに芽が出て、小片を植え付けてみた。肥料はストーブの灰と菜園のそばのヤマモモの落ち葉のみでほら、こんなに愛らしいバルブたちが。
 薄皮はぴたっと張り付いていてめくるのもひと苦労だけれど、小さくともはち切れそうな一片からはむせるような香気が立って味わいぎゅっと…。

9月20日
 今年の台風18号は、直前になって南の鹿児島へ逸れたけれど、直撃するやもしれないと予報された前日には、上へ下への大騒ぎである。夫はデッキチェアを折り畳んで縛ったり、植木鉢を壁際に避難させたり、よしずが吹き飛ばされないように補強したりと、毎度のことながら、備えあれば憂いなしと肝に銘じて。
 私はクインテッセンスへ行って、デッキに垂らした寒冷紗の幕を吹き飛ばされないように、裾に通した麻ロープを柱に係留した。
 その足で庭の菜園に向かい、今を盛りのトマトやバジルや唐辛子の生い茂った枝を刈り取って、なるべく風の抵抗を少なくしようと頭をひねった。これらの枝はしなやかで折れにくいので、支柱やアーチに麻ひもで結わえて、根こそぎ倒れさえしなければ、なんとか急場をしのぐことができる。 diary photo
 そんな作業をしているうちにも真っ赤なバブーシュみたいなかたちした唐辛子がふたつ、みっつ、茂みのなかで揺れていた。枝からフックを外すようにつまみ取り、傷つけないようパーカのポケットにそっとしまって帰った。
 赤唐辛子は、深紅色に熟したものだけを収穫して、順に吊るしてゆく。未熟なものは、乾燥が進むとみすぼらしい褐色に変わって捨てられる運命、貴重なものだ。こうやって完熟の実を乾かしたものは、擂り潰すと、なんともいえない香りが立つ。
 唐辛子にはいろんな品種と味わいがあって、辛いだけじゃないんだと、今頃になって知った。