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隙間から侵入して漂ってくるなんて
diary photo  夜遅く台所を掃除していたらどこからか良い香りが漂ってきた。あらっ、キンモクセイかしら。キンモクセイはかつて、中目黒に住んでいた時に、家の回りにあったのでなじみ深い。
 秋分の日ぴったりに咲き始めて、その香気を風に乗せて送るといった優雅なやりかたで、毎年秋の訪れを辺りに知らしめる。朝起きて深呼吸をして、香りをたしかめては満足するといった日々がしばらく続き、やがて秋雨が降ると一斉に花びらは落ちて、オレンジ色の雪が積もったみたいになったものだ。
 どこに木があるんだろう。誘われるようにドアを開けてデッキへ出てみた。鼻ををひくひくさせながら北側へ行ってみたり南側へ引き返してみたりしても、いっこうに匂わない。かわりに隣の犬がワンワン吠えた。
 次の朝、デッキから外の樹木を見渡した。車で出かける時にも気にしていたけれど、それらしき木は近隣には見当たらない。風の向きだろうか、昼間は全く感じないのに、夜になるとどこからか風とともにやってくる。しかも台所のシンクと窓の隙間から侵入して漂ってくるなんて、catch the scent in the dark. ちょっとミステリアスな感じ。今夜、散歩でもしながら香りの在処を突き止めようかしら。

10月10日
 先週の中秋の名月の夜に、熊本の空はめずらしく澄みわたって、白く輝くみごとな月が望めた。ところどころのかげりが醸し出す優しさは、まるで大粒の真珠のようだ。心惑わすほどに美しいこんな宵を古より人は待ちわびて、お団子とすすきを供えて祝いたくなる気持ちもわかる。diary photo
 待ちわびるといえば、クインテッセンスのデッキからの眺めをワンダーランドにしたいという願いも、いよいよ叶いそうである。今年はぶどうの木が見事に蘇って、秋には我が工作連盟によるトレリスと呼ばれる、蔓を絡めるための柵が出来上がった。既成のものはどうもチャッチくて、次に台風が来たら吹き飛ばされるんじゃないかといった懸念から、きちんとしたものをこしらえようということになった。
 格子の比率にくふうをこらして、枠の取り付けも周到に終えると、夕日のなかでシノワズリの幻影が浮かびあがる。射るような西陽に格好の日避けとなった格子のシルエットは、室内にまで映り込んでくる。母が嫁入り道具に持ってきた銀杏の和裁縫台をベンチ代わりに据えて、秋風薫る心地よい空間となった。
 ちょっとした東屋の風情あり、来年の中秋にはここでお月見をしたいなあ。

10月20日
 秋の菜園の準備にと、園芸店で種や苗を探していると、ニンニクのバルブみたいなものが笊に山盛り…サフランですって…珍しいわあ、植えてみようっと。 diary photo
 両手いっぱいに抱えて「これって、あのサフランの球根なの」とレジの人に訊ねると「そうです。そのまま置いとくだけでも花が咲きます。食用にめしべを収獲するなら土に植えて育てたほうがいいですね」と教えくださった。
 4つをバルブのまま、窓辺に置いて花を咲かせることにして、残りを土に植えた。やがて芽を出し花を咲かせ、紅いめしべの先が3本に分かれるのが特徴、これをピンセットでそっと抜いて採取する。
 近所には露地の八百屋やとれたての市場があって、旬の野菜や穀物は豊富だが、料理に風味を添える新鮮な香味野菜は入手困難である。そこでちいさな菜園やデッキの植木鉢にニンニク、唐辛子、ハラペニョ、月桂樹、バジル、パセリやセージにローズマリー、コリアンダー、ディル、ルッコラなどを育てている。冬はそれにサフランが加わって、今年はパエリャ5回くらいは優に作れそうだ。
 その色香りの鮮やかさはスパイスの女王たるゆえん、とって代わるものがない。