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そういうことをしていると必ずいいことが
diary photo
 しとしとと静寂な風情の梅雨のはずが、窓の外で誰かが勢いよくシャワーでも浴びてるのかと思うほどの大雨である。このまま台風に突入するのかもしれない。なにしろ予測のつかないこのごろの自然の振る舞いに、微力な私たちは、ただただコトが深刻にならぬよう備えだけはしておこうと。
 クインテッセンスの掃除をしに行って、北側の壁とそれに続く木の床を触ったら手に湿気を感じた。しばらく閉じていたから空気が滞ったのか。窓を開けて風を通す。カビが発生しないようにと、簞笥の背板と壁の隙間を隔てて、トランク同士が接触しないように離して、家具にもソーシャルディスタンスを設けた。
 そういうことをしていると必ずいいことがある。今回はチークの古いトランクの底からすっかり忘れていたマルセイユ石けんの箱が出てきた。2012年とある。カチンカチンに乾燥したバーを切るのは不可能といわれる。でもうちの工房に不可能はない。試行錯誤の末、見事に切れた断面は古い地層のよう。化石のようでも使い心地はきめ細かな泡。you’ll feel better after using the soap, and it assists you keep in a cleanse. 毎日の清潔が一番のタイミングでこの石けんはご褒美だった。

7月10日
diary photo  かつて軽井沢にメルシャン美術館という小さな美術館があって、そこで行われた展覧会の会場をデザインしたことがある。
 知り合いがたくさん観に来てくれて、敷地内にあったレストランでお昼をご一緒した。
 「エルミタージュ ドゥ タムラ」での食事は、美術展にふさわしく、絵画のように美しい皿が次々に目の前にでてきた。その度に私たちは深いひと呼吸をして、じっとその色彩に魅入った。淡いクリーム色の冷たいスープはひんやりでなくシルバーのスプーンと同じくらいの冷たさ。ぽっこり盛り上がったしろい浮き実をスプーンの先でプクンとつついたら鮮やかな黄金が溶け出て、それを銀の匙底でゆっくりかきまわして皿の中に流し絵を描く。
 そのとき初めて、スープ皿の下に敷いた皿の縁の色と調和して、絵が完成した。謎が解けたような瞬間の感動を、皆は言葉にならずぽかんと空いた口を手で覆うようにして。しばらくたって、ため息まじりにハァ〜と。4人もテーブルに向かい合って、そのように静かなひとときを過ごせるいい空間だったなと今も忘れがたい。
 騒々しい世の情勢と、頻発する災害と、片時もその存在を忘れなくなったコロナ禍からの回復食に…う〜芸術的なスープを作りたくなってきた。

7月20日
diary photo  もはや世界中にコロナが蔓延して、このところ第二波の危惧もささやかれる。でかけるときはマスクをして、帰ったらドアを開ける前に、手に消毒スプレイ吹きかけて、外したマスクにもシュッとして、軒先に干して風に当てる。家に入ったら洗面所で手をよく洗ったのちに、ふだんの生活に戻ることが習慣になってしまった。
 仕事先とのテレワークも当たり前の日常になって、今月からはクインテッセンスも再会し、週に1回の講座も始めた。ひとりの起業家に望まれての新事業だ。
 衣食住、テーマは何でもいいんだけど、私はそのテーマに自分なりの経験を織り交ぜて、昔からあったような事を、まったく新しいやりかたで創造できないだろうかと提案した。まずは彼女がひとりでなし得る目標を立ててみた。多少昔風の趣に偏ったかなといった私の不安をよそに相手は次の日から道具など注文しはじめた。
 混沌とした時代にあって、道具は自分の夢を現実にしてゆく確かな手段なり。