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緩やかに身体の土壌改良をはじめよう。

 熊本の南阿蘇や益城は農産物の宝庫である。すぐ近くに農家直送の市場があるので、とれたての果物や野菜を買いに行く。買ってきた野菜のうち保冷以外はデッキに据えてもらった私の宝庫に保管しておく。旬の野菜が目の前にある、この恩恵を中心にメニューを組み立てるようになった。
 震災後すぐに再開した市場には、きゅうり、レモン、パセリ、新玉ねぎ、トマト、春じゃが芋が並ぶ。その成分や作用効果を調べてみれば、連綿と続く栄養循環の一部に人間も組み込まれているのが理解できる。私も自分の体調が食べ物に呼応する様子をもっと自覚していたい。diary photo
 暑い日に喉を潤すきゅうり。ほとんどが水分だが、体の水分を保ち毒素を洗い流す。肌と髪に艶を与えるシリコンが豊富に含まれる皮ごと食べることで強い髪と肌と爪をつくる…そうなの?!と見直した。なるほど見事な色つやをしている。
 ビタミンCが豊富で抗酸化フラボノイドが豊富なレモンは、体をアルカリ性に傾けたり炎症を抑えたりするのに活躍するという。

 高原のパセリも一束…フラボノイド、特にルテオリンというフラボンの一種が豊富で、パセリは強い抗酸化作用のあることで知られ、素晴らしいビタミンCとAとβカロチンの素であり…然り、玉ねぎやトマトやじゃが芋との相乗効果は推して知るべし。
 すべての食べ物は適量で栄養になり、過剰なら毒(副作用)になるという基本を忘れずに、緩やかに身体の土壌改良をはじめよう。‘onward and upward’ 目覚めてすぐの、体が軽いと感じられる日まで。

6月10日

 未知への恐怖を克服するには数多く経験をするよりほかないが、その点では、旅はいやおうなしに私たちを未知の世界に遭遇させる。とかく人は自らの砦に安住し、新しいことに出会うと、好奇心よりも敵愾や恐怖に駆られてしまう。この弱い心を克服する手続きは未知の世界への入国審査みたいなもので、避けては通れないけれどいつかは出口が見える。慣れるしかない。
 やがて時間の経過とともに自分を覆っていた堅い殻が少しずつはがれて、新しい世界との関係を築くために切磋琢磨し、自分を見失わないためのほどよい距離をいかにして保つかといったセンスが身に付いてゆくのではないかしら。diary photo
 昨日、熊本地震の震源近くに住む旧知の老婦人が、この頃やっと出かける気もちになったと、母のもとを訪ねてこられた。まだ揺れの収まる兆しもない日々、こんな時こそ茶の湯を傍らにと、京都の友が送ってくれた一式を携えて、お茶を点てに向かった。
 婆さまは甘いお菓子をほおばる幸せに笑み、深い緑のお抹茶の最後のしずくをすすったあとに、はぁ〜とひと息いれてから話しはじめた…あの晩、デンキがチカチカした瞬間に、奥で寝ていた主人がとび起きて「世の中が変わった!」と叫んでまた布団をかぶってしまって、してすぐに大きな揺れが来ましたぁ。息子は真っ白になって台所から出てきて、聞けば冷蔵庫を開けて牛乳を飲もうとしたらかぶってしまったと。
 震度7のそのときを、軽妙に語る老婦人の言葉は私の体験とシンクロし、穏やかな語り口がかえってしんしんと心に染みてくる。どんな時も機知に富んだ表現を身に付けているのは、経験豊かなお年寄りの美点だ…雨降らずとも傘の用意。

6月20日

 我が家では、おそらくインド人もびっくりするほど、インド料理をよく作る。でも食べる時は集中しないと、おしゃべりに夢中になって、うっかり手元をおろそかにすれば、ターメリックの跳ねが白いシャツに付いてシミになりかねない。あわてて石けんで擦っても、少し赤く変色するだけでなかなかきれいに落ちない。
 この問題、インドではどう解決しているのかしらと考えた。あんなに毎日カレーを食べているのに、それにあの人たち、とりわけ男性は、白いクルタと呼ばれる長いシャツを好んで着ているのに、黄色いシミを付けてる印象がない。不思議だ。インドへ行ったなら、ぜひ尋ねてみようとかねてから思っていた。インドへは何度か足を運んだけれど、行けば慌ただしくて機を逃してしまう。diary photo
 あるとき布のしごとを通じて知り合ったコルカタの女性と、布のことを話していて、その洗いかたの話に至ったとき、ついぞシミ問題を思い出して聞いてみた。すると、陽の光に晒せば、ターメリックの黄色は紫外線で分解されて消えると、いとも簡単そうに答えが返ってきた。聞いた時にはえらく感動したわりに、そのことを実践する機会もなく、いつしか忘れてしまっていた。
 ついこの間、洗濯を終えた白いシャツに前夜のカレーの黄色いシミを見つけて、日当りのよい場所に干してみた。夕方取り込む時には、あれえ、どこにシミが付いていたのやらと、わからなくなるほど目立たなくなっていた。