- 輝きを放つ生きものの息遣い
- あら、また不思議なものが置いてある。客人たちにお茶を用意している間、ひとしきり盛り上がっているのが壁越しに聞こえる。私も一緒にテーブルに着くと、なぞ解きのように、しんと静まる。
これはいったいなんでしょうかという問いに、石に金の箔を貼ったものですよと応える。はあ、金の箔って本物の? そう、きれいでしょう。やっぱりね。金みたいだけど、けっこう鈍い光なんで、違うかなって。卵のチョコにしてはりっぱすぎるし。などとおしゃべりは尽きない。
その時々にテーマを決めてアンティークやオブジェをテーブルに配して楽しむ。小さなものを替えただけで周辺の印象が様変わりする。その新鮮によみがえる効果には自分でもびっくりする。
あくる日の昼下がり。部屋を整えて一息ついて、うっかり昼間の気分でいたら、冬の陽はすぐに角度を変えて、西側の格子を通して、細く強い光が差した。光線を受け止めた石は、強まったり弱まったりする光を湛え、見入っているうち、輝きを放つ生きものの息遣いのように感じられてゴージャスな気分に包まれる。
どうかそのまま… keep a ray of the sun alive …あっという間の出来事だった。 - 2月10日
- 厳寒の鉛色の空の下、こんな日々がいつまで続くのかと悲観的な気持ちになった矢先、陽光が雲間から差してきた。わずかの空を臨む南窓は、それがゆえに日の移り変わりを劇的に切りとって、部屋のなかに投影する。植物たちは今年の寒さがどんなに厳しかろうと、平年より日照時間が少なかろうと、約束されたかのように、ある朝つややかでふっくらとした舌のような緑の芽を土のなかからぬっと出す。
長い冬の夕暮れに、私は三日月のようにナイフで切り取ったレモンの、皮の両端を指で軽く絞ってグラスの底に沈め、上から熱湯を注ぐ。香気と湯気を深く吸い込めば気分もリフレッシュする。
ゴツゴツとした不格好な形の、青ざめた黄色い3つのレモンを、産地直送売り場の有機栽培の箱に一袋だけあったのを偶然、通りがかりに見つけて手に入れた。いつものようにレモン片に湯を注いだら、リモネン成分の強い香気が立ち、口に含めばハーバルな味のする果実だった。その夜、めぐりあった3つの果実の種を一粒づつ取り出して育て、実をたわわにならせた夢を見た。
今朝のレモンツリーはどうかな。ひとつ目はちいさな棘も生え、ふたつ目は二枝に分かれて華奢に、みっつ目は丈短くも幹太し。10年後、その日がどんな世界かは想像もつかないが、一本につき100あまりの黄金色の実をつけるという。 - 2月20日
- 今私の手もとに、いかにも英国らしい手仕事の部品がある。金箔を施した額縁のトップに載せる王冠のマスコットの、座布団のふっくらとした感じや、両端の房飾りの、付け根の部分の糸が動いたりするところに悪戯っぽい仕掛けがある。
ひと昔前の旅ばなしになるけれど、かの女王陛下の国のちいさな額縁屋のおじいさんは、私が声をかけても下をむいたまま、机の向こうで一生懸命何か拵えている様子だった。埃除けのガラス越しにのぞいてみれば、金の額縁の箔のはがれた部分を一心不乱に修理している。これがギルトと呼ばれる職人のお仕事だった。
ひと区切りするまで待つしかないな。所在なくあたりをみまわせば、細長く薄暗い廊の壁の高い位置には浮き彫りを施した金色の額縁が大小様々掛けてあって、入り口から片側の壁沿いにはずらっと修理待ちの壊れた額縁が立てかけてあった。
中身のない額縁の向こうは洞の暗い闇があり、引き込まれるようでちょっと背筋が寒くなる。
それはちょうど、その後に観たハリー・ポッターの映画のなかに、回廊や階段の壁沿いにたくさんの肖像画が現れて、描かれた人物の顔が不意に表情を変えるシーンに妙に親しみを覚えた。あれって、Her Majesty…本当にありそうなことだわ。