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薄暗い中で見る布の表情が好きだから
diary photo クインテッセンスの庭の木が鬱蒼として、今や屋根に枝がかぶさってきて、このままゆくと小さな家の正面はほぼ木の枝に覆われてしまいそうだ。私はどちらかというと、薄暗い中で見る布の表情が好きだから、もっともっと庭の木々が生い茂って杜のようになってくれることを願う。熊本の日差しは強烈で、ショウルームの布類の展示も新宿にあったときよりも、微妙なニュアンスに欠ける。
 まあ、この木の根は隣家のものなので、ままならずもどうかそのまま。世の中が騒がしく不安を誘う日々には、大きな樹を見上げると心安らぐものだ。威風堂々として、土の底深い根から吸い上げた栄養を幹を通って、その枝葉の一つ一つの先端にまで届けるシステムが天に向かう様を見上げると、みょうに気持ちが落ち着く。
 ベンガルのカンタの刺繍コレクションのなかには、生命の樹をモチーフにしたものが数枚ある。今年はそれを飾ろうかと引っ張りだしてみた。古いものではあるけれど、やや近代の仕事だから、色使いも鮮やかで、ペットのような鳥もいる、野生の虎も蝙蝠もいる …buy yourself a treat, wear that nice shirt. カンタは日々の中でときめいたちいさなものたちをモチーフにしている。

2月10日
 静けさの中で目が覚める。じっと天井を見つめる。ディテールを追っていると、いろんな雑念が過ぎ去って、ときどき大切なことに気づかされることがある。起きる前にそうしている時間はおそらく10分にも満たないのだろうけれど、そのひとときは一日という楽曲のチューニングみたいなものだ。
diary photo  あの朝のチューニングは、ジャングルのすぐそばにあるテントの中だった。テントといってもホテルの客室だから野生の動物たちが訪ねてくる心配はない。
 私はテントの天井をいつものようにじっと見つめていた。それは星空のようだった。小さな模様が浮き出て見えた。かわいいなあと一瞬思ったけれど、待てよ。じっと目をこらしてみればサバンナや虎を刺繍してあるではないか。思いも寄らなかったけれど、じゃあ、こんな仕掛けを考えた人の心はどうだと想像するに、もっとよけいにかわいいなあと。かわいいものを見ると幼気な子どものぬくもりに包まれる。どうしてだろう。だれかの、無邪気な企みが熱を帯びて、その幸せの波動は引き起こされる。それはいかにも小さくて、控えめで、とらえどころのないようなものに思えるかもしれないが、今の時代にあって際立つ。
 ほかになにかこれより大切なことがある?