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植物誌に描かれた旅に出るような気分
 今年は梅雨入りが遅く、大地もひからびようとする頃、待ちに待った雨の朝、レモンティートゥリーの木が花をつけた。葉も花も実もレモンの香りがする。
 葉は熱湯に入れてレモンの香りのハーブティーになる。ちいさな花はそれよりほんのり甘く、枝を摘んでバスルームに飾っておくのにぴったりの香りを放つ。
 これからしばらくすると花びらは落ちて、今顔をのぞかせている緑の花芯が小さなボタンのような実になる。それを指でつぶせばスパイシーな強い香りがたつ。茂った枝葉は摘み取って乾かして、その煮だし液で木の床を拭き取るのも楽しみ。
 夏の蒸し暑い時期をさわやかな香りで部屋を満たし、浄化作用をしてくれる。
diary photo
 そういった折々の香りに触れると、植物誌に描かれた旅に出るような気分だ。ティートゥリーという名は、煎じてお茶ができることからクック船長をはじめ、探検家や大航海時代の船乗りたちがつけた総称だと伝えられるが、それ以前からオーストラリア南部に自生しており、先住民のアボリジニが生活の木としてケガや皮膚の治療に利用していたそうだ。今は世界中でエッセンシャルオイルとして愛用されている…It’s scent has been integrated in general wellness 小さくてささやかなものに宿る奥行きの深い癒し、自然はいつでもどんな場所にもそれぞれに過不足なく恵みを与えてくれていることに気づく。

7月10日
 雨が上がってかっと日が照る。ほっぺたがひりひりして、やけどするかと思えるほどの強い日差しが戻ってくると、海辺のテントを思い出す。
 そういえばこのあいだ森のテントの話をしたけれど、海辺のラグジュアリーテントの内装はサーカスみたいなオレンジのストライプだった。外側は帆布で覆われているので、まるで鳥の巣を伏せたようにぽこぽこと砂浜がせり上がって見える。中に入れば外側の光が透けて、やわらかいオレンジ色に包まれる。
diary photo  私の近隣にもいくつかテントが散在しており、旅人が到着して明かりがともると、テントは緑や青のストライプがあちこちに出現し、暗くなって初めてそういう色だったのかと知る。遠目には砂浜に置かれた行灯のよう。
 部屋はチークのようなどっしりした素材の調度が揃えてあって、奥にはバスルームも付いている。ミラブとよばれるイスラム様式のアーチ状に縁取りした布を上げると、そこが窓になる。首を出して夜空をあおげば星がいっぱい降ってくるようで怖く、美しく、息をのむ。
 グジャラート州の海岸はインド亜大陸のアラビア海に突き出た北西端を縁取る。砂と海しか見えない水平線に太陽が沈んで、陸の最果ては海の始まり。その昔、アラビアやヨーロッパから来た船はここにたどり着いたそうで、なんかすごいところにきちゃったなって、昨日までとはまるで違う心境に至る。

7月20日
 遅れていた梅雨がやっと到来して去りゆけば、たっぷり潤った土地に発生する蚊は日本の夏の風物詩ではあるが。ぷ〜んと羽音を目で追って、両手でパチンと捕るのはひと昔前の話かもしれない。最近出現するのはヌカカといって糠のように小さく、さされてしばらくは気づかず、猛烈にかゆくなって初めて、やられたっ、と。
 ちなみにアジアではサンドフライ、砂粒のようなハエと呼ばれ恐れられている。虫の世界もだんだん巧妙になってくる。やっぱり夏の安眠には蚊帳が究極かもしれないと思うこのごろ。我が家のベッドにも四隅に棒を立てて天蓋のように…
diary photo リゾートホテル辺りでは、幸運にも自然豊かな蚊のいる地域に居合わせると、じつに美しく仕立てた蚊帳など吊ってあって、懐かしい風情に感動する。モスリンのような薄い生地の裾を深く折り返して手で纏って、重ね合わせた布と布を、両側にからげて開く。
 蚊帳には蚊をよける以上の作用があり、内側から眺める霞がかったようなあいまいな風景も絵画の中にいるようで、薄い布とはいえども、多少は遮音効果もある。
 とりわけ優れた効果は、それが窓から入ってくる夜の冷えた空気であれ、エアコンからの冷気であれ、紗幕に緩衝されて肌にふれる心地よく、深い眠りを誘う。