logo

まるで木の実のように愛らしい
 ああ、もう一度、必ずもう一度くるからさ…そう言い残したまま離れた地は数えきれないけれど、ひときわの心残りはインドのグジャラート州の都アーメダバードの街のたたずまいだ。そこかしこにモスクがあって、夕暮れ時にはどこからともなくコーランが聞こえてきて、オリエントな響きになんとも心いやされる。
 近くには古い階段井戸とジャイナ教の寺院もあって、訪ねた。見るものすべて、東西の交流の歴史を織り交ぜた独特の雰囲気が漂う。そして衣服や布製品の、白い木綿の海に施された手仕事や機械を使った緻密な装飾に我を忘れる。
diary photo
 「ここはマハトマ・ガンディーの塩の道の出発点なのよ」という、グジャラート出身の道連れの智の恩恵に浴し、私たち好みの古いすてきなホテルに滞在することもできた。昔は瀟洒なホテルだった館が、現代化には取り残されたものの、今では少しひなびた感じのモダニズムの面影がかえって新鮮に映る。
 調度がすばらしく、シェーカーのような様式にインドの伝統芸がほんの少し加味されて、その塩梅が比類なく…。そのひとつ、窓を覆うカディコットンのブラインドは折りたたみ式に吊るされており、アクセントにガラスと糸で作った小さなパスマントリーをさげて、まるで木の実のように愛らしい。見過ごしそうなほど繊細で控えめな装飾は…each detail remains of the day エレガントな時代の心づくし。

8月10日
 カトレア・ハワイアンウエディングソングバージンという白い花の名は…長い。エルビス・プレスリーやアンディ・ウイリアムズが歌ってあまりにも有名なハワイアンウエディングソングは1960年代の曲…古い。その姿はまるでジョーゼットのフレアを纏ったようにやわらかくふっくらとして、名の由来を彷彿させる。
 今年はひと鉢に4輪も花をつけた。2012年東京からの引越荷物を詰めたまま開梱するのを忘れて、翌年に救い出し、今ここに奇跡の開花を成し遂げている。
diary photo 息をするのも苦しくなるほどの外の暑さとは対照的に、まるで枯れることを知らない純白の、みずみずしい一輪を、朝起きてその日の最初に出会うべく、ガラスに挿して洗面所に飾る。生き返る心地して、おはよう。
 寝る前にはライトのもとで輝く花びらの細やかに波打つ輪郭を目でなぞりつつ、歯磨きもつい念入りにしてしまう。明かりを消してしばらくは花びらに光が残り、宙にそれが浮かんで見えて、おやすみなさい。
 そんなふうに楽しませてもらったあげく、花は純白のまま変色もせず、ある朝突然力が抜けたようにくたっとして、小鳥のような姿でうなだれているのだ。

8月20日
 「僕たちのした仕事が消えてなくなってしまう」。ある夜、旧知の建築家から電話がかかってきた。「僕たちの仕事」というのは四半世紀も前に遡るが、立地から建築、備品の細微に至るまで、ともにストーリーを作りあげた施設のことだ。それがとうとう他のお金持ちに買い取られるという運命になった。
 「時代はたちまち通り過ぎて…」と私が言いかけるとすかさず「まったくだよ。それで、明日は次のオーナーに会いにゆくことになっていて」と少し急いて。そうね、それでも日はまた昇る、って思わず言い足しそうになって、それは止した。
 電話を切ってしばらくたつと、冷静な考え方が戻ってきて少し気が軽くなってきた。社会の表層は、世の浮き沈みに伴って変わってゆくのをたくさん見てきた。時代の潮流には逆らえない。かたや私たちは、ホテルや会社や展示会の、いわば裏方仕事だから、深層の基本的なデータはいつまでも心に刻まれている。
diary photo それらを引っ張り出しては、今手がけているプロジェクトに生かしているのだから、どの仕事も消えてなくなってしまうとは思わない。この宝石と同じように。
 表はダイヤモンドやエメラルド、ルビー、珊瑚、真珠などがきらめいて社交価値としての絢爛を誇るが、裏は素朴な花の絵が七宝でひっそりと象られている。表からは見えないけれど持ち主にとっては、ときどき眺めて、厭世をいやす慈愛の景色に思えたのだろうか。
 こういうものにめぐりあってこのかた、裏の細工が気になって、気になって。